2006/04/04
関白宣言
関白宣言
あるとき、めずらしく、図ったわけでもなく、
翠星石はジュンの部屋で彼と二人っきりになっていました。
願ってもいなかったシチュエーションといえるかもしれません。

(べ、べべっ、別に、翠星石はそんなこと願ったりするもんかですぅ)

だのに、ちび人間ときたら、そんな翠星石のほうをもしないで、
さっきからずっと机に向かったっきりなのですぅ……


階下のリビングでは、真紅と雛苺が『くんくん探偵 』を観ています。
ジュンも『くんくん探偵』の面白さは認めていますが、さすがに3度も同じものを観るほどじゃありません。
それに、今取り組んでいる数学の問題がちょうど「いいところ」で、手を離したくなかったのです。
真紅と雛苺は、2度目の『くんくん探偵』に夢中でした。時折、二人の悲痛な叫びすら聞こえてきました。
「あぁっ、ダメ!罠よ、くんくん!!」「逃げてなのー!!」


(ったく、あいつらのガキっぽさときたら処置なしですねー)
そんな、ちょっとした優越感だったり、
この空間が何か特別なものに感じられたり、
慌ててそういう気持ちを否定してみたり、
ジュンを盗み見たり、目をそらしたり、また見たり、
ジュンにこっちを向かせようとしたり、失敗したり、
何で翠星石がそんなことしなきゃならんです!だったり、
自分を励ましたり、落ち込ませたり、急かしたり、釘を刺したり、
そんなこんなで忙しく、翠星石は意味もなく疲れてしまいました。

(はぁ………なんかばかみたいですね)

眠たそうな三月の夕陽が部屋の中までほんのり紅く染めています。
もう、寝ちまいますかね。
晩御飯もまだなのに、そんな風に思いました。
身体は重く、頭には靄がかかったみたいです。
ねじがまき足りない、そんな感じでした。


そんなとき、机に向かうジュンの方から、かすかに何か聞こえてくるのでした。
あいかわらず、左手は参考書のページをめくりながら、右手の筆記具で何かを書きつけています。
それは何かの歌のようです。ジュンが鼻歌を口ずさんでいるのでした。
素朴で、単純で、どこか懐かしいメロディ。
かすかに聞こえてくる詩に、翠星石は耳を澄ませます。

「……おまえをぉ……よめにぃ……」
(なっ)
「もらう……まえにぃ………」
(えっ……はぁ?)
「…………いってぇ……おきたい」
(こいつっ……何をっ……)
「ことがあるぅー」
(いってやがるですか!?)


それは昭和のフォークソングでとても有名な曲でしたが、
もちろん翠星石はそんなこと知る由もありません。
ジュンにしても、頭の中は完全に二次方程式の解を探るのに夢中で、
ほとんど無意識で出た鼻歌でしたが、なぜこの歌なのかと聞かれても
本人にしたところで首をひねるだけなのでした。

さて、いよいよ大変になったのは翠星石のほうです。
またもや頭の中は、上ったり下がったり、忙しくなります。
翠星石の中でたくさんの翠星石がわぁわぁ喚いてるみたいでした。
いったい、誰がいつの間にねじをまいたのでしょうか。
明らかにまき過ぎなようでした。

(あんにゃろー、どういうつもりですかっ)
(ちび人間、ぶってやるです!)
(そうです、そうです、けちょんけちょんにしてやるのです!!)

翠星石の頭の黒板にはいくつもの攻撃的な案が採用されていくのでしたが
大荒れに荒れる議場をよそに、翠星石たちの議長としての翠星石は――。

翠星石としてはまことに遺憾ながら、しかし自分でそうと気付きもしないままに、
慎ましやかに居を正してその歌に聴き入ってしまう翠星石なのでした。



(おまえがそういうなら……黙ってついていってやらねーこともねーですよ………)

PEACH-PIT 『Rosen Maiden』より
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